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ALL I'VE GOT TO DO
ALL MY LOVING
DON'T BOTHER ME
LITTLE CHILD
TILL THERE WAS YOU
PLEASE MISTER POSTMAN
ROLL OVER BEETHOVEN
HOLD ME TIGHT
YOU REALLY GOT A HOLD ON ME
I WANNA BE YOUR MAN
DEVIL IN HER HEART
NOT A SECOND TIME
MONEY
オリジナル曲のクォリティが格段に進歩している。シングルとなる予定だった1曲目の「イット・ウォント・ビー・ロング」はイントロなしでいきなり歌い出し、アイドル時代のトレードマーク「ヤーヤー」のかけ声が聞かれるなど彼らの特徴が顕れてきた。同じようにイントロのないポールの「オール・マイ・ラヴィング」はジョンの有名な3連のバッキング・ギターとポールの軽快なウォーキング・ベースが最高な曲でシングルとして発売すれば大ヒット間違いなしだと思うのだが、アルバムとシングルは別物と考えていたビートルズはさらに強力無比な「抱きしめたい」をシングル曲として用意していた(スゴい〜)。アルバムは英国チャートの1位にあった彼らのファースト・アルバムとバトンタッチするように初登場1位を記録、その後21週間も居すわり続け、63年のチャートのトップはほぼ1年間ビートルズが君臨した。ビートルズの現れるところどこまでも大洪水のように押し寄せる発狂寸前の何百人ものファンをマスコミは「ビートルマニア」と呼び、王室主催のロイヤル・ヴァラエティー・ショーに出演したビートルズは上流階級の観客を前にして(エリザベス女王やマーガレット王女を前にして)、「安い席の人は拍手を、その他の人は宝石をジャラジャラ鳴らして!」と言っておどけてみせたジョンの言葉にニヤニヤした(ステージへ上がる前にジョンが叫んでいた「おまえらのクソいまいましい宝石をジャラジャラ鳴らしやがれ!」という言葉に比べればそれはまだ紳士的な挨拶だった)。女王はビートルズと会話をし「あの方たちが一番面白かったわ」と後で語った。リバプール出身の4人組のロック・バンド、ザ・ビートルズは今や社会現象となりイギリス全土を揺るがしながら、次に極めるべき山の頂を見つめていた。
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I SHOULD HAVE KNOWN BETTER
IF I FELL
I'M HAPPY JUST TO DANCE WITH YOU
AND I LOVE HER
TELL ME WHY
CAN'T BUY ME LOVE
ANY TIME AT ALL
I'LL CRY INSTEAD
THINGS WE SAID TODAY
WHEN I GET HOME
YOU CAN'T DO THAT
I'LL BE BACK
監督はリチャード・レスターでこれは彼にとって長編第一作目の仕事でもあった。脚本を書いたアラン・オーエンはビートルズのイギリス・ツアーに2日間同行し、彼らの日常を描いたドキュメンタリー風の作品に仕上げることにする。映画製作会社はビートルズを一過性の人気のあるバンドと見なしていたためカラー化など予算を掛けなかったのだが、これが返っていい結果を生むことになる。モノクロ画面に映し出されるビートルズのメンバーは生々しく生き生きとしていて彼らの日常を本当に追いかけているような気分を観客にもたらした。ジョージ・ハリソンは撮影中、恋に落ちた。それは、撮影初日のビートルズが電車で移動しているシーン。制服を着た女子学生を演じているパディ・ボイドという美しい少女と出会ったのだった。
アルバム「ア・ハード・ディズ・ナイト」は撮影の合間を縫ってレコーディングされ、収録された13曲全てがレノン=マッカートニーによるオリジナル曲という、当時としては革新的な作品。リンゴの漏らした言葉が映画のタイトルになると知ったジョンは”タイトル曲はもらった!”とばかり大急ぎで帰宅すると作曲を初め、次の日「ア・ハード・ディズ・ナイト」をひっさげてスタジオへ現れた。この曲のオープニング・コードは一度聴いたら忘れられないほど印象的だ。ポールの「キャント・バイ・ミー・ラヴ」はアルバムの先行シングルとして発売されイギリスでは予約だけで100万枚を突破し初登場1位、アメリカでは1週間で200万枚売れ、ビルボードのトップに5週間居坐り続けた。アルバム全体を通してジョンのブルースっぽい匂いがぷんぷんする。が、ポールも優れたバラード曲「アンド・アイ・ラヴ・ハー」でやがて世紀のメロディー・メイカーとなる片鱗を見せ始めた。このアルバムからパーカッションやコーラスを生かしたアレンジが随所に見られるようになる。まさに初期のビートルズを代表する1枚。1964年発表。
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I'M A LOSER
BABY'S IN BLACK
ROCK AND ROLL MUSIC
I'LL FOLLOW THE SUN
Mr.MOONLIGHT
MEDOLEY:
a)KANSAS CITY 〜b)HEY,HEY,HEY
EIGHT DAYS A WEEK
WORDS OF LOVE
HONEY DON'T
EVERY LITTLE THING
I DON'T WANT TO SPOIL THE PARTY
WHAT YOU'RE DOING
EVERYBODY'S TRYING TO BE MY BABY
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THE NIGHT BEFORE
YOU'VE GOT TO HIDE YOUR LOVE AWAY
I NEED YOU
ANOTHER GIRL
YOU'RE GOING TO LOSE THAT GIRL
TICHKET TO RIDE
ACT NATURALLY
IT'S ONLY LOVE
YOU LIKE ME TOO MUCH
TELL ME WHAT YOU SEE
I'VE JUST SEEN A FACE
YESTERDAY
DIZZY MISS LIZZY
当時大ヒットしていたボンド映画の出来の悪いパロディのようなビートルズにとって2作目となる映画のタイトルは当初「エイト・アームズ・トゥ・ホールド・ユー」だったが、撮影の半ばで「ヘルプ!」に変更されたのはビートルズが「もう勘弁してくれ!」と心の底から叫んでいるようにも感じ取れて興味深い。後にポールは「ビートルズ映画にゲスト出演したようなもの」とこの映画のことを語り、ジョンに至っては「ただのゴミだ」と言ってのけた。制作側も乗り気でなく単に契約をこなすための仕事だったようだが、監督のリチャード・レスターの趣味性が出たちょっと笑えるワン ポイント・ギャグやビートルズの演奏シーンが印象的なのが救いだった。世界で一番カバーされた曲「イエスタデイ」はポールの代表作であり、二十世紀のスタンダード・ソングとしてあまりにも有名な曲だが、この曲はポールが1965年5月のある日、自宅の屋根裏部屋(恋人のジェーン・アッシャーの家族が住む家の屋根裏部屋に居候していた)で寝ていたら夢に現れた曲だった。突如として降って湧いたメロディにポールはベッドから飛び起きるとピアノの前に座り、コードをつけていった。まだ歌詞のないこの曲にポールは「スクランブル・エッグ」と名づけ、顔を合わす人たちに唄ってみせると「この曲を知ってる?」と訊いた。「ヘルプ!」の撮影中もスタジオのピアノで時間が出来ると繰り返し弾いていたので、周りのスタッフは気が狂いそうだった。「イエスタデイ」はアメリカのラジオで600万回以上もオンエアされた。アルバム全体を通して、楽曲のレベルは上がり、ポールが書きなぐって一発録りした「ザ・ナイト・ビフォア」ような曲でさえ、並のグループが作るヒット曲のレベルを超えている。
ストレスから過食症気味になり、太りだした体型を気にするあまり急なダイエットを始めたジョンはドラッグで憂さを晴らしそして溺れていくことになる。1965年発表。
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NORWEGIAN WOOD(This Bird Has Flown)
YOU WON'T SEE ME
NOWHERE MAN
THINK FOR YOURSELF
THE WORD
MICHELLE
WHAT GOSE ON
GIRL
I'M LOOKING THROUGH YOU
IN MY LIFE
WAIT
IF I NEEDED SOMEONE
RUN FOR YOUR LIFE
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ELEANOR RIGBY
I'M ONLY SLEEPING
LOVE YOU TO
HERE,THERE AND EVERYWHERE
YELLOW SUBMARINE
SHE SAID SHE SAID
GOOD DAY SUNSHINE
AND YOUR BIRD CAN SING
FOR NO ONE
DR.ROBERT
I WANT TO TELL YOU
GOT TO GET YOU INTO MY LIFE
TOMORROW NEVER KNOWS
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WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS
LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS
GETTING BETTER
FIXING A HOLE
SHE'S LEAVING HOME
BEING FOR THE BENEFIT OF MR.KITE!
WITHIN YOU WITHOUT YOU
LOVELY RITA
GOOD MORNNIG GOOD MORNING
SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND
(RIPURISE)
A DAY IN THE LIFE
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THE FOOL ON THE HILL
FLYING
BLUE JAY WAY
YOUR MOTHER SHOULD KNOW
I AM THE WALRUS
HELLO GOODBY
STRAWBERRY FIELDS FOREVER
PENNY LANE
BABY YOU'RE A RICH MAN
ALL YOU NEED IS LOVE
映画は無計画すぎたものの、サウンド・トラックには優れた曲が収録された。とくに映画の発案者であるポールのアレンジングが際だっている。タイトル曲の「マジカル・ミステリー・ツアー」は旅の始まりを告げる明るいブラスの音から、テープ・コントロールされた凝ったコーラスが絡み、ポール独特のポップなメロディーで耳を離さない曲となっている。「フール・オン・ザ・ヒル」もポールのペンによる曲。美しいメロディにガリレオをイメージしたという歌詞が見事にハマっている。「フライング」はメンバー全員が作曲にクレジットされたインストナンバー。少し前に流行ったドラムン・ベースのご先祖様のような曲調。「ユア・マザー・シュッド・ノウ」もまたポールの曲だがここでもいかにもポールらしい愛らしいメロディー・ラインが効いている。そしてジョンの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」。この曲を聴いたポールは衝撃を受けたと云われる。シュールでナンセンスな歌詞、たたみかけるようなジョンのあちらへイッてしまったようなヴォーカル。発狂したアレンジ。ここ一発と云うときの時のジョンはほんとにすごい。1967年発表。
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DEAR PRUDENCE
GLASS ONION
OB-LA-DI,OB-LA-DA
WILD HONEY PAE
THE CONTINUING STORY OF BUNGALOW BILL
WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS
HAPPINESS IS A WARM GUN
MARTHA MY DEAR
I'M SO TIRED
BLACKBIRD
PIGGIES
ROCKY RACCOON
DON'T PASS ME BY
WHY DON'T WE DO IT IN THE ROAD?
I WILL
JULIA
BIRTHDAY
YER BLUES
MOTHER NATURE'S SON
EVERYBODY'S GOT SOMETHING TO HIDE
HELTER SKELTER
LONG,LONG,LONG
REVOLUTION 1
HONEY PIE
SAVOY TRUFFLE
CRY BABY CRY
REVOLUTION 9
GOOD NIGHT
ビーチボーイズ風のコーラスが楽しいポールの「バック・イン・ザ・U.S.S.R」やレゲエのリズム取り入れた「オブ・ラ・デ、オブ・ラ・ダ」、ドノバンから教わったスリー・フィンガー・ピッキングが美しいジョンの「ジュリア」、エリック・クラプトンがソロを弾いたジョージの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」、複雑な構成ながらその後のジョンの作品を予感させる「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」や「ヤー・ブルース」、ポール独特のツー・フィンガー・ピッキングがテクニック的にもかなり巧い「ブラック・バード」や「マザー・ネイチャーズ・サン」、小気味よいロックン・ロール・ナンバーの「バースディ」、えっこれがポール?と疑いたくなるほど、うるさく耳障りな演奏でありながら、最高にかっこいい「ヘルター・スケルター」、ジョンがLSDを決め、仰向けになって(写真が残っている!)ヴォーカルをレコーディングした「レボリューション 1」、ヨーコにインスパイアされたサウンド・コラージュの大作「レボリューション 9」はポールの反対を無視してアルバムに収録された。ちなみに数字の9はジョンのラッキー・ナンバー。
「曲を厳選して1枚にしていたら傑作になっただろう」とプロデューサーのジョージ・マーティンは語っているが、楽曲云々もさることながら、メンバーの間に深い溝が出来てしまったのがこのアルバムを散漫にした一番の原因だろう。スタジオの険悪な雰囲気に堪えかねて、リンゴは「バック・イン・ザ・U.S.S.R」のレコーディング途中でビートルズを抜けている(一週間で戻ってきたが)し、エンジニアのジェフ・エメリックも「もうたくさんだ!」と言い放ってスタジオを飛び出して行き帰らなかった。このアルバムを境にジョンとポールの不仲は決定的になり、他のメンバーも近い将来訪れるであろう、別れを頭に入れ、自分のめざす道を模索するようになる。
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ONLY A NORTHERN SONG
ALL TOGETHER NOW
HEY BULLDOG
IT'S ALL TOO MUCH
ALL YOU NEED IS LOVE
PEPPERLAND
SEA OF TIME
SEA OF HOLES
SEA OF MONSTERS
MARCH OF THE MEANIES
PEPPERLAND LAID WASTE
YELLOW SUBMARINE IN PEPPERLAND
「イエロー・サブマリン」は1年をかけて50万枚におよぶ原画を元に完成。プレミアにはビートルズの4人も出席した。スクリーンに映し出される色鮮やかなキャラクターたちや幻想的な場面の数々、「愛こそはすべて」と謳った芸術的な完成度の高さを見て、ビートルズはこの愛すべきアニメーション映画にもっと深くかかわっておくべきだったと後悔したと云われる。アルバム「イエロー・サブマリン」に収録されたビートルズの新曲は4曲。時代が新らしくなる度に再評価され今やビートルズのサイケデリックな時代を代表する曲として人気の高いジョージの「イッツ・オール・トゥ・マッチ」と「オンリー・ア・ノーザン・ソング」は「サージェント・ペパー」でお蔵入りとなっていた曲。ジョンの「ヘイ・ブルドッグ」は「ヘイ・ブルフロッグ」という未完成の曲をスタジオに持ち込んだところ、発音が「ブルドッグ」に似ているのをポールがからかい、その場で出来上がった曲。ジョンの狂気を感じさせるヴォーカルがいい。ポールの「オール・トゥゲザー・ナウ」はわずか6時間でレコーディングされた遊び心いっぱいの曲。発表された新曲はすべて「サージェント・ペパー」の捨て曲みたいなものだが、それでも印象深く耳に残るところはさすが。
