黒い安息日(BLACK SABBATH)1970 |

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子供の頃、このアルバムを初めて見たときはチビりそうになった。薄曇りの赤茶けて濁った空、廃墟と化した教会、朽ち果てた木々の下に揺らめくように立っている真っ青な顔をした夫人は行き場のない亡霊?。ひょえー。ロックバンドのアルバムは数あれどこれほど不気味なジャケット・デザインは珍しいのではないだろうか。その後のサバスのアルバム・ジャケは何故かセンスが悪いんだけど・・これは今見ても気持ち悪い。ブラック・サバス、1970年2月13日の金曜日にアルバム・デビューを果たした彼らは現在ハードロック、ヘヴィ・メタル、グランジと呼ばれるサウンドのひな形を造り出した云えます。ひたすら重くひきずるようなサウンド、救いのない絶望的なヴォーカルはそのバンド名にぴったりで、当時ラブ&ピースを掲げながら、その実は裸でラリって踊っているだけの金持ちヒッピー文化に”平和な未来なんてあるわけないさ”と嘲笑を浴びせたのだった。ブラック・サバスのオリジナル・メンバーは、リフマスターの異名を取るギタリストのトニー・アイオミ(ギブソンSG独特の硬質なリフ及び粘着質なソロは一聴して彼と分かる)、タメを効かせた手数の多いドラミングのビル・ウォード、地味ながらヘヴィなサウンドをより不気味に演出しているギーザ・バトラーのベース、そしてヴォーカルのオジー・オズボーン、バンドの持つ名状しがたい恐怖(H・P・ラヴクラフト)はこの人の身体全体からにじみ出しているオーラにおいて他ならない。バーミンガムのどんよりとした今にも落ちてきそうな厚い雲を見上げながら、ブタや牛を日に何百と屠殺して暮らしていた若者、窃盗を繰り返し刑務所を出たり入ったりしていたオジー・オズボーンは町の厄介者だった。今でこそオジーといえば悪魔にお世話になったことのあるイッちゃてるが、ふと見せる表情に哀愁を漂わせているどこかチャーミングで憎めないヘビメタのおっちゃんになっているが、若い頃のオジーこそ絶望のアスファルトをうち砕いて這い出してきた男であり貧しく未来のない若者のヒーローだったのである!なんのこっちゃ・・。まっそういことですわん。ブラック・サバスはそのバンド名と特異なサウンドがイギリスはのみならずアメリカでも脚光を浴び一躍世界的なトップ・バンドにのし上がる。地獄から這い出してきた若者がやっとの思いで天を見上げると陽の光の変わりにアルコールとドラッグと札束、それに女とセックスが彼らの頭上に降りそそいできた・・と云うわけで人気の上昇と共に彼らも またお決まりのコースを辿っていった。1978年、メンバー間の軋轢やドラッグが原因でオジー・オズボーンが脱退(その後、ソロアルバムを出してヘビメタの帝王になったのは周知の通り)。ブラック・サバスはブリティッシュ・ハードロックのトップ・ランナーを次々とバンドに加入させ(ロニー・ジェイムズ・デュオ、イアン・ギラン、コージー・パウエル、グレン・ヒューズ、フレディ・マーキュリーのゲスト参加等)80年代もクオリティの高いアルバムを発表し続けたが、メンバー間の内紛は絶えることがなくやがてギタリストのトニー・アイオミのワンマン・バンドとなり遂にオリジナル・メンバーは彼一人になった。90年代に入るとブラック・サバスはもはやサバスの仮面をつけた別のバンドになってしまった感があった。だが1997年に何とオジー・オズボーンがバンドに返り咲き、OZZ-FESTと銘打ったフェスティバルでツアーを開始、ドラム以外はオリジナル・メンバーで甦ったブラック・サバスはヘヴィ・ロックの教祖として若者や根っからのファンから熱狂的な賞賛を受けたのだった。・・さてその後の彼らは・・順調にツアーをこなし初めてとなる来日も期待されていたが、結局はトニー・アイオミとオジー・オズボーンはそりが合わないまま99年にブラック・サバスは30年に及ぶ活動に幕を下ろしたのだった。・・だった・・で、それから?ホラームービーのラスト場面で死んだはずの怪物がギロリと目を剥くようにサバスもまた腐った骸がヒクヒクと動き出すかも・・知れないのだ。 |
